戦争には反対で,そんなことは今更議論するまでもないんですが,それはそれとして,これまで自分が受けてきた戦争教育みたいなものは,どうもあまりうまくいってないんじゃないかと思うことがあります. べつに誰かが手を抜いていたとかそういうことを言いたいわけではなく,たぶん仕組みの問題なんだと思っていて,そういったことをだらだら書いています. 別に何かきっかけがあったわけでもなく,主義主張があるわけでもなく,単なる現実逃避です. しいて言うなら昨日社会人博士への進学を決心して恩師にメールをしました.


父親,祖父と広島育ちなので定義的には被爆3世ですが,その自覚はありません. 毎年の帰省は原爆ドームや資料館に行ったり,8/6 8:15 には黙とうするくらいでした. 自分が小学生のときだけ父親が原爆教育に熱心で,祖父に電話して原爆体験を聞くということをしていました. 思い出させたくないことを思い出させてしまったという意味であまりいい思い出ではないです.

毎年焼けただれた身体の写真を見て,図書館で原爆の絵本を読まされ,語り部の声とか,はだしのゲンの業火とか,要するに「原爆はこんなにも怖いでしょう,だから戦争はダメ」みたいな教育ってなんだったんだろう,ということが自分が考えていることです. あれが恐怖に偏っているのは,まあ,その通りなんですが,自分が引っかかるのは恐怖そのものではありません. 恐怖が考えることの代わりにすり替わってしまうことです. 「核は怖いので反対」で止まると,なぜそこに爆弾が落ちたのか,当時の戦略爆撃はどういう論理だったのか,日本側はどういう戦争をしていたのか,という肝心のところに誰も問わなくなるのではないかと思っています. さらには「原爆の話題はタブー」という雰囲気すらあるわけですから(当事者に聞くのはもちろん壁があると思います),残るのは「かわいそうな被害者としての我々」という結論だけのように思います.

じゃあ歴史をちゃんと学べばいいじゃないか,と思って過去を振り返ってみると,戦間期のドイツってどうだったのか,という話になると思います. かなり分厚い教養市民層を抱えていたドイツで,歴史も哲学も古典も山ほど吸収した国民がナチズムを選んだわけで,つまり知性はそれだけで防壁にならないんだと思います. 下手すると,暴力をもっと上手な言葉で正当化する道具にすらなり得ると思います. 恐怖を捨てればいいわけでも,知識を詰め込めば済む話でもないということになります.


開高健の輝ける闇は,ベトナム戦争に従軍記者としていった話ですが,おもしろいのは,サイゴンの腐敗も,密林の泥も,目の前の公開処刑も,いっさい教訓や反戦メッセージに昇華させていないところだと思います. 嘔吐とか,汗とか退屈とか匂い,暴力の唐突さとか,全てを生理的な感覚のまま投げ出しています. だいたいタイトルからして撞着語法なわけで,これ自体が「戦争を綺麗な善悪の図式で語ることはできない」という表明になっている気もします.

物語終盤,彼が同行した部隊はほぼ全滅します. 200 人くらいのうち,生きて帰ってきたのは 17 人という事態です. 開高健の沈黙は,もちろん自分の内面を再解釈するという意味もあると思いますが,「勝たれるものが語り,語れなかったものは黙っている」という語る資格そのものへの懐疑からきているのではないかと思います. 戦争を物語に閉じ込める平和の教育とは出発点が逆になっているように思います.

大岡昇平の「野火」は極限の飢餓,人肉食などを書くわけですが,大岡はこれを理性と倫理の問題としてあらわしています. 狂気のまっただなかで,「食べてはならない」という声を聴く主人公は,不条理のなかでもなお道徳的な主体であろうとしています.

要するに二人は逆を向いていて,大岡は「どんな極限でも人間は責任を問われる」と言って,開高健は「戦争はその問いごと無効にする」と言っています.

で,日本の戦争教育はこの両方から目をそらしているように思います. 大岡なら「あなたはどうする?」という問いを子供に問いかけて,開高健は「何も意味がなく,残るのは自尊心だけ」という冷たさを与えますが,そのどちらも回避して「戦争はこわい」という結論にためらいもなく落ち着いてしまいます.

そもそも教育とは,混沌とした情報を整理して伝えられる形に整形・削る作業だと思います. でも戦争のいちばん大事な部分が「把握できなさ」にあるとしたら,整理した瞬間にそれらが脱落するわけで,「分かりやすい戦争」はもう戦争ではないと思います. 教育は閉じていくのに対し,いい文学は開いたままほおっておくのだと思います. だとすると,戦争は教える対象というより,対峙させる対象なのではないかと思います. 教訓で締めくくる代わりに,答えの出ない資料と文学に直接さらして子供を不快なまま放置する勇気が戦争教育の姿なのではないかな,と思っています.


ところで,これとは別に我々はどうするべきなのかみたいな課題もあります. これに対する単純な答えの一つは,「なぜ戦争が起きたのかを考える」だと思います.

この答えに反論すると,

  1. 当然ながらどこまでさかのぼるのかが問題です.ウクライナ戦争の原因は NATO 東方拡大だ,とする.なら NATO 拡大の原因は?冷戦の原因は? WW1後の勢力圏分割の原因は?...と遡及は無限に続くわけで,どこが真の原因かは主観でしかないと思います.
  2. もう一つは,歴史は一回きりで対照実験ができません.「NATO が拡大しなければ戦争はなかった」は永遠に証明できない事後の産物です.

WW2 の場合,(自分の認識の話をしますがという注釈を念のためつけておきますが)日本側に至っては統帥権の独立が原因だと思っています. 軍が天皇に直属して,内閣の言うことを聞かなくていい設計になりました. おかげで関東軍は政府の不拡大方針を無視して満州事変を起こし,政府は後から追認するしかなかった. 統帥権干犯問題では,政友会が政争の道具として「内閣は軍に口を出すな」という理屈に乗っかってしまう. 選挙で選ばれた政治家が党利のために自分で自分の首を絞めたわけです. そして2・26事件などがあり,誰も陸軍を止められない仕組みを自分たちで作り上げてしまったということです.

このような現象は墨俣一夜城式に立ち上がるわけではなく,徐々に行われます. (今の日本はまさにこの方向に向かいつつあると思っていますが,)こういった自国制度は自国で返ることができます. つまり,先手で防ぐ,みたいなことが通じると思います.


じゃあ歯止めを効かすのはだれかというと,国民,選挙だと思います. とはいえ,選挙そのものは方向を持ちません.

例えば,大正デモクラシーには普通選挙がありましたが,有権者と政党は軍部に加担していました. ナチスは 1932 の選挙で第一党となり,当時いちばん民主的とされたワイマール憲法の下で合法的に政権を握りました. どちらも国民が選挙で選んだ結果です. 選挙は民意の反映であると同時に,民意による暴走の正当化にもなりえるのかと思います.

なので,自分たちが正しい情報を得ないといけないというのはこれを補助するのだと思います. 三権分立もこれを補助していて,多数決でどれだけ優勢でも覆せない歯止めがあるのだと思います.


戦争に対して怖がらせる教育が育てるのは,危機のときに真っ先に揺らぐ情動です. 逆に,ちゃんと歴史を学ぶ教育が育てるのは,危機のときに自分たちがどの過去にどの仕組みの欠陥でこうなったのかを思い出させることだと思います. 一方で,これらを忘れてしまうことや,恐怖を風化させることがすべて悪かというとそうではないと思います. 戦争を直接知る世代はもうすぐいなくなります. 記憶は,生きた証言から,記念碑や記録といった文化記憶へと移っていきます. 恐怖の写真に頼る教え方は,証言の生々しさが薄れた移行期に特有の,代わりの手段なのかもしれないなと思います. 健全な社会が何を覚えて何を手放すべきなのか,ということは,正しく記憶することでは解決しないような気がします.

輝ける闇という撞着語法は,開高健の態度だと思っています. 戦争を光という綺麗な教訓や平和の尊さに着地させず,かといって闇という不条理の耽溺に落ち着くわけでもなく,正しく戦争を見つめる姿勢はアンバランスなその手前にしかないのだろうと思っています.

今日一日色々考えていましたが結局先人と同じ結論に戻ってきてしまいました.